route 1

列車に揺られ
突風にさらされ
たどり着いた北の海に
何を見るのか
ハプニングだらけの
ノンフィクション青春旅日記
『あの頃のような友達は
もう二度とできない』

第五章 途中下車 〜盛岡−八戸〜

 列車がホームに到着すると、また少し目的地に近づいたという実感を味わう暇も無く撮影を開始する。ここ盛岡では一つの希望があった。盛岡と言えば即ち「わんこそば」。ちょうど夕食時なのでここでそれにありつけることができれば願っても無いことだ。停車時間はたったの一時間。そのうちの一分も無駄には出来なかった。
 急いで外に出て撮影を続ける。目の前に「冷麺」と描かれた看板が見える。夕食の場所はこれで決まった。
 だがその前にどうしてもあと数シーンを撮り終えなければならなく、僕等は撮影を急ぐ。とはいえ焦りすぎて悪い映画が出来上がってしまったのでは話にならない。時間に追われるなかでも失敗と思ったシーンは何度でも撮り直した。
 何度もカメラを回した後、やっとのことで撮影は終わった。時計は21時を指している。もう店に入ってのんびり夕食をとる余裕は無かった。薄々解っていたとはいえ、さすがにみんな失意の色を隠せなかった。
 途中のコンビにで軽いものを買い込んだ。八戸まで食いつなげば、あそこはきっと街があるから大丈夫だ、と暗い気持ちを振りほどき駅へ向かう。盛岡駅を発つ際、忘れずに駅のスタンプを押した。福島からはずっと押し続けている。帰路に前半押さなかった駅のスタンプも回収できれば、と思っている。

Station and I

 八戸に到着するのは23時11分の予定だ。二時間近くもこの混み合った列車に乗り続けるのか、頭が痛くなる思いだ。おまけにもし八戸で24時間のファミレスを発見できなければ駅で野宿である。この疲労に野宿はかなり堪えるだろう。
「何でこんな田舎に来たんだろうな」
 混雑さに耐えかねたか、とうとうハラが愚痴をこぼしだした。しかしもともと津軽に行く、などと言い出したのは彼である。「オレ達の歳で名古屋から本州最北端なんか目指す奴は滅多にいないだろう」というのが彼の答えだ。
 大きな目標を達成するには小さな試練を幾つも乗り越えていかなければならない。また、そうすることによって目的地に辿り着いたときの達成感がより大きなものになるのだろう。
「でも、この起伏の無い苦痛は耐え難い」
 バブも彼に続いた。確かに、大きな試練なら後で笑って話せることもあるだろうが、こうしたじりじりと味わうような苦痛は単なる苦痛でしかならない。だがそれでも僕等は止まらなかった。一度走り出した列車は止められないのだ。それが例え真夜中の鈍行列車だとしても。

In The Telephonebox

 散々人ごみに揉まれ、精も根も尽き果てそうになったころ、ようやく終点の八戸駅に着いた。今日はもうこれ以上電車に乗ることはないのだ、そう思うと自然と安堵の溜息が漏れる。だが駅を出るとやはり愕然としてしまった。
 現在時刻は23時11分。決して早い時間とはいえないが、それでも駅前から見渡す限り、鈍く光る街灯の明かり以外に営業中を示す光は見当たらなかった。これではファミレスを探すどころか、コンビにで食料調達すらままならない。いつか思った一ノ関での絶食の悪夢はもっと早くにここ八戸で現実と化した。
 途方に暮れていると、一人の老人がこちらに近づいてくる。
「学生さんかね、安く泊めてあげるよ」
 聞くと、この時期は僕等のように「青春18きっぷ」で旅行する人が多く、終着駅のここ八戸でそういう人達のために自宅を開放して安宿代わりにしているそうだ。
 しかし、いくら「安く」といっても一人1500円。野宿を厭わない覚悟で家を出たというのに初日から楽をしてはいけない。僕等は老人の申し出を丁寧にお断りした。
 その後、駅員にコンビにの場所を尋ねると、少し遠いが一応あるそうだ。とにかく大荷物をどうにかするため、駅前の500円ロッカーを利用した。一つのロッカーに三人分詰め込んで鍵を閉める。まさかこれが後々後悔することになるとは全く気付かず、僕等は深夜の八戸を歩き出した。
 どれくらい歩いたろうか。
 駅の周辺にあった心許ない街灯すら、少し進めばさらに薄暗くさびれ、それでも僕等はこの先にあるはずの希望の地を求めてさまよい続ける。「二つ目の信号を左に、あとはずっと真っ直ぐ歩いていれば右手に見える」、駅員はそう言ったがひたすら歩き続けても一向にそれらしき明かりは見えてこない。30分くらい経っただろうか、半ば自棄になりながら歩いていたら、どうやら周辺を一周して再び駅に戻ってきていた。すでに零時を過ぎて日付も変わっている。駅のシャッターも降りていた。
 野宿が決定した。こんな辺境なら暴走族が広場に溜まることもないだろう。とりあえずロッカーから荷物を取り出すことにした。
「……あれっ?」
 鍵穴に鍵を差し込んでひねる。が、扉が開かない。もう一度試してみるが、それでも開かないのだ。荷物が詰まっているのかも、と扉を押したり叩いたり、鍵を全力で回そうとしたり試行錯誤を繰り返すが、何度試そうがロッカーは閉じたままだった。
 そのうち、ふと料金表示のところに目が留まる。赤いLEDランプは500と点灯されていた。
「もしかして……日付が変わったから追加料金がいるのかも」
 その通りだった。500円を再び投入すると、鍵が難なく回り扉が開く。要するに「18きっぷ」と同じ容量なのだ。たとえ23時59分に鍵を掛けたとしても、0時に開けようとすれば日付が変わっているため、再びお金を入れ直さなければいけない。それに気付かなかった僕等のミスだった。
「最初の500円はたった数分で効果が無くなったのか……」、そう考えると何だか途方もなくむなしくなった。
 付近の自転車置き場で撮影は黙々と続けられる。「寒い寒い」の台詞が多いが、演技抜きで本当に寒い。3月とはいえ、気温は恐らく氷点下に近いだろう。また電車の中が暖房の効きすぎで異様なほど暑いので、そのギャップが苦しかった。
 そんな中、ハラの持っていた煙草が切れた。まだ煙草を使うシーンがあるというのに、残り一本しかない。
「タクシーの運転手に貰ってくる」、ハラが走り去った。この時間では自販機はもう止まっている。入手方法は限られていた。
 ハラが戻ってくるが、顔は浮かなかった。運転手も自分の吸っている煙草を指差し、「オレも最後の一本だ」と言ったらしい。仕方ないので煙草を僕が貰うシーンはハラのを回し吸いすることになった。
 しばらくの後、本日最後の撮影が終わった。持ってきた8ミリの充電器は全て使い果たし、今は乾電池式のものに変わっている。単純計算で行くと4時間もビデオを使用したことになる。
 さて、残る問題は今夜の寝床だった。駅は前述の通りシャッターを下ろしていて入ることが出来ず、自転車置き場なら屋根もあるが、どうしても吹きさらしなので寒さが厳しい。そこで思わぬ考えが浮かんだ。駅前にある「電話付き個室」、つまり電話ボックスを利用するのだ。
 狭くてとても寝そべることは出来ないが、中は壁で仕切られているため風が当たらず思ったより暖かかった。それぞれが鞄から、持参してきた寝袋を取り出して中に潜り込む。車椅子用の手すりや電話帳のケースなどを利用すれば、横にならずとも楽な体勢にはなる。近くに交番があるので、バレたら連行されるかもしれないが、そうなったら交番で一晩泊めて貰えるように頼んでみるのもいい、と楽観的に考えることにした。夕食を、自販機のコーンスープで済ます。侘しいことこの上ないが、これも旅の一環だと素直に受け入れた方が利口というものだ。三人三様の寝やすい姿勢をとると、一晩中消えない明かりの下で目を閉じる。上野駅で見たホームレスが思い出された。彼らはいつもこんな生活をしているのか、と。
 翌日の始発は6時20分、なんとかそれに乗らなければならない。全員が寝坊しないことを祈りながら、浅い眠りについた。


back     home     next