列車に揺られ
突風にさらされ
たどり着いた北の海に
何を見るのか
ハプニングだらけの
ノンフィクション青春旅日記
『あの頃のような友達は
もう二度とできない』
第二章 乗継 〜東京−上野−宇都宮〜
1
僕はケン。四月からは市内の私立高校の三年になる。中学の時に作った「KYOS MOVIE」というグループの中では、何か企画をするたびに毎回のごとく地道な裏作業や、計画がうまく進むようにプログラムを考えたりしているので、メンバーからは「リーダー」と呼ばれている。聞こえは悪くないが、どこか「面倒な仕事を全て任されている」的な状態なので、あまり喜べるものでもなかったりする。
ハラは僕と同じく「KYOS」の中の中心人物に当たる。というよりは、主に彼が企画を発案して僕が具体的にプランを立てているので、実質的にはブレーンと呼ぶのが相応しいだろう。少々自分勝手なところがあるが、付き合いが長いのでうまくやっている。現在は市内の公立高校に籍を置く。
そして、今回特別参加となったバブは、僕と同じ高校の生徒で、中学からの同級生。元々は「KYOS」で作った自作映画の観客であり、「KYOS」で海へ行ったとき以来、活動としては二度目の参加である。よくふざけた冗談を飛ばすが寝は真面目で、かえって堅すぎるとも言えなくは無い。
十人十色という言葉があるが、我が「KYOS」のメンバーもかなり個性的な人間が揃っている。だから一つ企画をすれば必ず面白い(中にはそうも言っていられないこともあるが)ハプニングが起こる。今回の旅もその例に漏れることはないだろう。何が起こるかはまだわからないが、今からそれが楽しみでもある。
2
誰かが僕の身体を揺すった。「東京だ、東京」そんな声とともに。
なかなか離れないまぶたを強引に開ける。列車はすでに止まっていて、車内は乗客が慌ただしくごった返している。瞬く間に静岡、神奈川県を通過していつの間にか東京都に入っていたらしい。時刻は午前4時45分になっていた。
僕は急いで起き上がって、網棚から荷物を採った。それと、忘れてはいけない、とこのノートを前の座席の背もたれに付いているポケットから取り出してバッグに差し込む。急ぐ必要があった。到着のシーンの撮影があるからだ。
しかし、この数カットのシーンは予想していたよりもはるかにスムーズに進み、瞬く間に終了してしまった。
久しぶりの東京駅だ。ここに来るときはいつも「ながら」を利用するので、到着すると必ず夜明け前のこの時間帯になってしまう。今回もその例に漏れなかった。ホームからの会談を降りると、膝を立てて前髪を掻き上げて湯移そうな顔をしている大沢たかおがいた。煙草の看板だ。彼の出演したドラマがこの旅の一つの目標となっている。敬意を表しながら僕とハラは写真を一枚撮った。
人気の無い構内を抜け、街中に出る。まだ夜明け前の大都会は静寂に満ちていた。
その場で一シーンの撮影があった。しかし、たかが一シーンとはいえおろそかにすることは出来ない。納得のいく絵が取れるまでに三テイクかけた。
再び駅内に戻り、上野駅に行くために緑のラインの山手線のホームの階段を上る。しかし、そこで大変なことに気が付いた。旅前に買った青森のガイドブック、車内でバブが見ていた本がどこを探しても見当たらないのだ。
「電車内に忘れてきたのでは」と、バブと二人で急いで「ながら」の停車している11番ホームへと駆け戻る。まさか深夜の都内で駅のホームを全力疾走するとは思わなかった。会談を駆け上り、一直線に4号車へと向かう。
だが、すでに列車の扉は閉まっていて中には入れなかった。仕方なしに窓から9Dの席を覗いてみたが、本はどこにも見当たらなかった。きっと清掃員が通った後なのだろう。
途方に暮れながらふと顔を上げると、ホームの一番奥のところに駅員の姿が見える。僕等はそこにめがけて走っていった。「忘れ物なら、あっちの端にある駅長室で聞いてくれ」そう言われ、再びホームを、今度は反対側の端まで走っていく。息を切らせて駅長室へ飛び込んだが、待っていた返事は残念ながらNOだった。
もはやどうすることも出来ない。ハラの待つホームへうなだれながら戻ると、彼は呑気にビデオを回していた。どうやら本を手にして喜び勇んで戻ってくると考えていたらしい。当然僕等の報告に彼は大きく驚いた。だが済んでしまった事はどうしようもない。旅のはじめから気落ちしていても始まらない、と三人は気を持ち直して上野行きの電車に乗り込んだ。
5時40分頃、一行は「上野駅」に到着した。
上野、と言えば動物園だ。少なくとも高校生の僕の心中ではその方程式が成立している。駅内をうろついているあいだに、音に聞く「ジャイアント・パンダ」を発見した。初めて見るガラス張りの中の動かぬ熊の姿に、思わず我を忘れてシャッターを切ってしまった。
朝食は近くのコンビニで採ることにした。店を出てすぐのところで弁当を広げて食べる。時折通りかかる人達がこちらをじろじろと横目で見ていったが、気にすることはない。「旅の恥はかき捨て」か。昔の人はよく言ったものだ。
たいして美味しくもない弁当を一気にたいらげ、立ち上がった。季節が季節なうえ早朝であるため、食事をとってもなお身体は温まらない。ふと顔を上げると、遠いビルの上にある電光掲示板に現在の気温が表示されていた。
──四℃
ここでは撮影するところが多い。特にホームレスが寝ているというシーンはどうしても外すことが出来ないので、急いで彼らを探すことにした。
しかし、そうそう都合よく行くはずもない。上野公園口の出口までの通路には一人もいなかった。時季が時季であるし、とこのシーンの撮影は絶望的になる。それでも、夜が明ける前に撮らなければならない場面を先に撮った後、もう一度探してみることにした。
今度は反対側の入谷口の方を歩いてみる。すると意外にも簡単に見つかった。長い通路の片隅に、壁に張り付くようにして数人のみすぼらしい男が点々と寝転がっていた。新聞やダンボールを身体に巻き付けているが、毛布を着ているものなど一人もいない。脚本のせりふではないが、寒くはないのだろうか。
いや、寒いに決まっている。だがそれでも──暖かい仮設住宅を拒否してまでもそんな場所で寝る必要が彼らにはあるのだ。生き方、主張。世間に迷惑を掛け、邪険に扱われてもそこから出ようとはしない。彼らの居場所はそこにしかないのだ。
複雑な気持ちを抱えて、上野駅を後にした。僕等の旅は一路、栃木県の県庁所在地「宇都宮」へと続く。
3
景色が次々と右から左へ流れていく。始めは高層ビルがそそり立つ大都会だったが、しだいに田畑が目立つようになってきた。埼玉県に入った、とわかる。広々とした四角い田の間を汚い色をしたドブ川が結んでいる。
しかし汚いと言っても別にビニール袋や空き缶が浮いているわけでもない。泥などによるいわば「自然の汚れ」だ。コンクリートの堀で囲まれた都会の川は、水こそ透き通るように澄んでいても、通行人の投げ捨てたゴミが無数に浮かんでいる。そんな川と、泥で茶色く濁って川底も見えないこの川を比べてみて、一体どちらがきれいと言えるだろうか。都会人はよく地方からの人間を「田舎者」と馬鹿にするが、自然のことを何も知らない都会人に何が田舎を馬鹿に出来るものか。「地球に優しく」とか「環境保護だ」とか何やらと力説している政治家達が率先して「開発」と称した自然破壊を進めているのだ。
僕は自分に言い聞かせるように、開発の波にさらわれずにいつまでも続く田畑の光景を、しっかりと目に焼き付けておいた。
4
再び起こされる声で目が覚めた。いつも誰かに起こされてばかりだ。内心情けなくなりながら外を見てみる。宇都宮と書かれた看板が見えた。
半分寝惚けながら荷物を抱えて列車を降りると、駅内のアナウンスが響いた。続いてハラが何か言ったような気がしたが、まだ働き始めていない脳味噌では理解出来なかった。
暫くして再びアナウンスが鳴り、ハラが言う。
「……るんじゃないのか?」
今度は少し聞き取ることが出来た。が、やはり内容は理解できず、気に留めずにゆっくりと階段を上る途中、三度アナウンスが鳴った。
「5番ホーム、黒磯行き。間もなく発車いたします」
「おいっ、これに乗るんじゃないのか?」
今度ははっきりと理解した。つまり、もうすぐ発車してしまうその電車に乗らなければいけないのだ!
三人は顔を見合わせて走った。案内板で5番ホームを確認して、一気に階段を駆け下りる。
ピリリリリッ、ピリリリリッ!
合図の笛が響く。もう駄目か、と思ったが、急ぐ僕等の姿を見て、車掌が赤旗を振って電車の発進を止めておいてくれ、そのお陰で何とか乗車することが出来た。
しかしその後、なかなか扉が閉まらない。見てみると、僕らが乗車してから大分遅れて、のろのろと腰の曲がった老女が列車に乗り込んできた。なんだ、この人を待っていたのか……ガクリと肩の下がる思いだった。
この頃になると、列車も栃木に入った。車内で、背後にたった高校生らしき人の会話が耳に入ってくる。地元の学生らしく、微妙に言葉のイントネーションが違った。今風の、一見軽そうな若者が栃木鉛で話しているのはいささか滑稽な感じがした。失礼とは思いつつも、僕等三人はずっと隠れて笑いを堪えていた。自分達も、地元では名古屋弁丸出しで喋っているというのに。「目くそ鼻くそを哂う」とはこういうことなのだろう。
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