route 1

列車に揺られ
突風にさらされ
たどり着いた北の海に
何を見るのか
ハプニングだらけの
ノンフィクション青春旅日記
『あの頃のような友達は
もう二度とできない』

第三章 停車 〜黒磯−郡山−福島〜

 列車を降り、崩れそうに古くなっている連絡通路を渡る。再び階段を下りると次の電車はもう到着していた。
 しかし扉が閉まっている。乗れないのか、とも思ったが、よくよく見てみると扉のすぐ横になにやらボタンのようなものが付いていた。確かにボタンだ。そしてその横には青い文字で「開」と書かれている。もしやと思って押してみると──
 ピィーッ、ピィーッ! と甲高い音とともに閉じていた扉が左右に開いたのだ。
「おお、すごい!」
 この機能には、さすがの三人もいたく感動してしまった。車内に入ると今度は「開」のボタンの下に「閉」と書かれたボタンが並んでいる。面白がって何度もそれを押して開閉を繰り返してしまう。ついでに横に並んで記念撮影までしてしまった。
そうしていると、ふと隣が騒がしくなる。観てみると女子中学生らしき二人組が、やはりはしゃぎながら同じようにボタンを押し、写真を撮っていた。
「あいつらも同じなんだな」
 ハラがポツリと呟く。
 確かにそうだ。そして僕等も彼女たちも、普段の生活でもしこのような機能の付いた電車を見ても恐らくこんな風に遊んだり写真を撮ったりしないだろう。旅とはどんな人物でも、人間本来の姿に戻してしまうものなのか。薄汚れた情報や知識に侵されていない、純粋な好奇心の塊という姿に。人々が田舎や自然に来て心が和むと感じるのもきっとそのせいだろう。そしてその感覚を味わうために、人は旅に出るのだ。人間が本当に求めているのは、もしかすると財産や便利な機会ではなく、そのことかもしれない。心の底から安心できる空間があればそれだけで幸せに生きていけるのだと思う。

 車窓を流れる景色はいかにも田舎風味の強いもので、中でも大きな駅に止まっている数々の古めかしい列車はまさに歴史を感じさせてくれる。駅の様子など飾り気が無く、シンプルな構造だが味のある、まるで模型鉄道のミニチュアそのものだ。そんな風景をバックに撮影は次々と進められていった。
 やがてアナウンスに終点の声がかかり、郡山駅に到着した。
 次に乗り換える電車は3分後だ。急いで会談を駆け上がるが、通路の案内板を見て、目的のホームはいま昇ってきた階段の下だ、と分かりすぐにまた駆け戻る。電車はまだきていないようだ。僕らは胸を撫で下ろして傍のベンチに腰を下ろす。しばしの休息のはずだった。
 そんななか何気なく辺りを見回し、今いるところがホームの一番端だということに気付く。中央の方は、階段が視界をさえぎって見ることができない。
「おかしいな」
 何となく胸騒ぎがした。
 僕はひとり席を立つと、ホームの中央を除くように見てみる。
 案の定、少し離れたところにちょうど階段の影に隠れるように電車は止まっていた。それどころか、車掌はもう笛を手に外に出てきている。発車寸前だ。
 ベンチに座っている二人にその旨を告げると同時に、ピィーッと汽笛が鳴った。とたんに彼らは慌てて腰を上げる。
 三人は、重たい荷物をぶら下げながら全力で走った。なんだかこの旅が始まって以来ずっと走っているような気がする。
 すんでのところで僕とバブが同時に列車に飛び乗った。それからやや遅れてハラも乗り込んでくる。
 ──間に合った!
 三人は顔を見合わせた。ハラの表情が心なしか愕然としているように見えたが、そのときは大して気に留めなかった。すぐに電車は動き出し、景色が少しずつ後方へとスライドしていく。そこでハラがこちらを見ながら小さく呟いた。
「──お前、時刻表……持ってないよな……」
 当然かぶりを振る。と彼はさらに失意の色を増したようだった。嫌な予感が走る。そしてその予感は的中した。
 ハラは時刻表を、コートのポケットに入れていた。よく使うので、鞄に入れるより機能的だからだ。そして先ほど列車に駆け込む際にバサッ、という音が後方でしたのにも気付いていた。もちろん彼は足を止め、後ろを振り返る。一人の男がホームの下──線路を覗き込んでいるのが目に入った。それだけでおおよそ何がどうなったのかを彼が推理するのに難くなかった。空のポケットに手を入れ、それが証明される。
 これが、時刻表を失った一連の出来事だった。まだ十一時前であるし、帰路はおろかこれから乗る列車の時刻すら何一つ覚えてはいない。
 だが、僕とバブは彼を攻めることは出来なかった。あの東京駅での苦い事件があったからである。あれからまだ六時間しか経っていない。
「……これでおあいこだな……」
 誰も得をせず、損だけが残るおあいこだった。そんなわけで、旅前に買い込んだ本──時刻表とガイドブックは二冊とも、旅が始まってわずか半日足らずにして両方とも荷物から消え去ってしまったのであった。
 まだまだ旅には波乱が続きそうだ。

arrived at Fukushima

 福島までの列車は、ずっと立ちっぱなしだった。景色や周りの乗客たちの会話には飽きることはなかったが、福島駅に着く頃には足がクタクタになってしまった。
 駅へ降りると、またもや大沢たかおを発見。時計盤に堂々と描かれたその姿を僕らはカメラに収めて改札をくぐった。荷物をロッカーに入れ、ついに福島市散策に出掛ける。
 まず最初に駅のキオスクで時刻表を購入した。これがなければ何も始まらない。次の電車を調べると、あと二時間半の余裕があることが分かった。僕らは必要なものをリュックに詰め、市街地へと足を向ける。
 県庁所在地ということで、ここ福島市は県内最大の年と期待していた。だが一見してみると全然大したことは無い。というよりは、むしろ「これほどまでに」とそのあまりの侘しさに愕然としてしまった。古い街並みの上には開店しているのかさえ分からない店が並び、道路も石畳というのはいいのだが余りにもくねくねと曲がりくねっていて分かりにくく、その上未だ工事中のところがあちこちに見て取れた。
「……腹が減った」
 あまりにも殺伐としたその風景にもはや何の興味も示さなくなった様子のハラが言った。こうなるともう「未知の都市の探求」という好奇心よりも「食欲」という生理現象のほうが優先されるようだ。
 確かに何の当ても無くぶらぶら歩くよりも目的を持った方がいいようなので、取り敢えず食べ物矢を探すことになった。  少し歩いて、パッと目に映ったパスタ専門店に行くことにする。夜には内側から明かりが点くと思われる看板には、黄色い下地に赤い文字で「CAPTAIN」と書かれていた。しかしいざ店の前に立ってみると不気味なことこの上ない風貌だ。壁紙の剥がれかかった薄汚れたビル。電気の切れた掲示板の横に一本の階段が二階へと伸びている。階上に件の店名が書かれた電灯が鈍く光っていた。
 あまりの雰囲気に三人は気圧されしそうになったが、それでも階段を昇る。二階に上がってすぐ右手に、そこだけやけに豪奢な白い扉が一枚あった。どうやら入り口らしい。まず扉に手を触れる前に、二階の反対側を覗いてみることにした。昼間から薄暗いその廊下の壁には「暴力団追放」のポスターが何かを暗示するかのように貼られている。その奥は蛍光灯すら点いていない真っ暗闇だった。どうやら潰れてしまったらしい、汚れた喫茶店のようなものが左手にあり、その横はシャッターが下りていたのだが、そこにはスプレーのようなもので女性の悲壮な顔にも取れる不気味な絵が描かれていた。
「…………」
 もはや躊躇することは何も無い。三人は急勾配の階段を一気に駆け降りると、暖かい日罪sの注ぐ街中へと飛び出した。  福島は、広い割りに無駄の多い街だ。商店は何の規律も無く無秩序に並んでいて、喫茶店ひとつ探すにしても困難を極める。これでは自然と客の出入りも少なくなってしまうのではないか。
 そんな中で目ざとく一軒の軽食店を見つけた名前は「LAUTREC」、木を基調としたアンティークな洋食屋である。店に入るとすぐにウェイトレスがやってきて、二階に案内された。
 高校生の旅に似合わない上品なテーブルに着き、ワイングラスに水を注がれる。注文を採りに来たのはこの店の店長らしい、ひげが特徴の男性だ。ちょうど昼時だったので僕はランチのBセット、ハラとバブはCセットをオーダーする。加えて僕はデザートも頼んだ。
 食事が来る前に今後について少し話し合おうとしたのだが、二人ともあまり表情が明るくなかった。それも無理は無い。夜通しのあの車内では十分な睡眠がとれるはずもなかった。ハラなどは、隣の人との談話で一睡もしていない。せっかくの休憩時間だ。ここはひとつそっとしておこう、と静かに昼食を待った。
 最初にサラダが運ばれ、次いでメインディッシュが運ばれる。Bランチはライスにポークシチューをかけたもの。Cランチはほうれん草とベーコンのパスタで、どちらもかなりの好評だった。デザートはミントとチョコチップのアイス、それに洋ナシのムースだ。これもあっさりとして美味しい。福島の特産品とはまったく関係はないが、有意義な昼食が楽しめた。  食事も済んで通りを歩いていたところ、ある建物に視線が泊まった。壁に大きくこう書かれている。
「FM福島」
 ラジオ局というものに明るくないが、一見どう見ても普通の商店街の二階に放送局があるとは驚いた。入り口にリクエスト・ナンバーを入れる用紙とポストがあったので、ひとつ試してみることにした。メッセージ欄に僕等の旅の計画を書く。気体に満ちてポストに投函した。きっと今夜のラジオで今のメッセージが読まれることだろう、確かめることはできないがそう思っておくことにした。
 14時10分、まだ電車が来るまで時間があった。ハラがキオスクで買い物をしている間に、バブと一緒に福島駅に設置してあるスタンプを押す。旅の醍醐味だ、記念に取っておこう。
 そして14時32分がやってきた。


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