route 1

列車に揺られ
突風にさらされ
たどり着いた北の海に
何を見るのか
ハプニングだらけの
ノンフィクション青春旅日記
『あの頃のような友達は
もう二度とできない』

第四章 鈍行 ~福島-仙台-一ノ関-盛岡~

 仙台へ向かう電車の中で、三人の疲れはピークに達していた。昼食を採ってすぐ後、ということで強烈な睡魔が襲ってくる。ハラはすでにそれに取り憑かれ、隅の座席に崩れ落ちていた。バブは疲れを見せず、平然と本を読んでいる。今後のことを考え、仮眠をとることにした。
 小一時間ほどが経ちようやく目を覚ますと、窓からいつの間にか発展した街並みが見えてくる。どうやら宮城県に入ったらしかった。隣で本を読んでいるバブに「今どのあたりか」と訪ねる。
「次が仙台だ」
 バブが答えた。彼はいつもどおり涼しい顔でいる。仮眠をとっていたのかどうか分からないが、どんなときも常に自分のペースを崩さずに居る。それが長所でもあった。
 ほどなくして、アナウンスに仙台終点の放送が流れる。網棚から荷物を降ろしてビデオカメラの準備をした。到着シーンを撮るのだ。
 ほんの二カットの撮影はあっという間に終わり、次の電車までの一時間の余裕を、この東北最大の都市といわれる仙台市で過ごすことにした。三人揃って駅を出る。
 仙台市の発展ぶりは目に余るものだった。駅前には様々な商店の入ったビルが群れ、それらと駅を繋ぐ巨大な連絡通路が、あたかも未来都市を想像させる。ベージュ色に塗られたその通路はまだ新しく清潔だった。
 あまり遠くまでいけないのが残念だったが、せっかくの記念に、と駅前の交番で写真を一枚撮る。もう出発まで十分程だ、ホームに戻らなければならない。僕らは仙台を後にしながら、帰りに寄ることがあればもう少しゆっくりしよう、と心に決めた。

In a train

 仙台から一関までの電車は、意外にもあのボタン開閉式の扉だった。都会的な街並みを見てきた後なので少々ギャップを感じてしまうが、その理由を聞いて納得した。話によるとこのボタンで開閉される扉の理由は、車内の熱を扉を開け続けることによって逃がさないためらしい。緯度の高いこの東北地方では、ちょっとした外気とのつながりで室内の温度がぐんと下がってしまうのだ。
 しばらく進んでいると、遠くに青々とした水面が見えた。山と山の間に広がる湖だ、と最初はそう思った。だが、水上には何隻もの漁船が浮かんでおり、また岸に沿った高台には灯台らしき建造物も見える。どうやら海であるらしい。現在着たに向かっているはずなので、見えるとしたら太平洋だ。山間に広がる太平洋。僕等はその壮大さに感嘆の声を漏らした。
 そうしてしばらくその風景を眺めていると、車内前方から少年が走ってきた。僕はその時足を組んでいたのだが、少年が僕の前を横切ったときにその足につまずいて大きく転倒してしまった。「まずい」とすぐに謝ろうとしたのだが、少年はすっと立ち上がるとまた何事も無かったかのように後方へと走り去っていった。
 丈夫な子供だ。正直言って泣かれるのではないかと思っていたため、ホッとしながらも内心で感心する。その駆けていく後姿をそっと見守った。
 先にも述べたが、田舎の光景とは見ていてなかなかに飽きない。今度は眼下一面に田畑が広がった。季節がら何も植わっていなくてただ枯れ草のようなものが生えているだけなのだが、それが遥か遠くの山々まで続いているのだからまさに広大だ。沈みかけた夕陽が大地をオレンジ色に染め、また一層に絶景をかもしだしている。古びた農家の家、まるで噴水のように畑の真ん中から突き出ている木、斜陽を水面に受けてキラキラと反射させている小川。どれも車窓からのほんの一風景にしか過ぎないが、これからの人生において忘れられない光景になるだろう。

 日が沈んで一時間ほどが経過した。いつの間にかあたりはほとんど暗くなっていて、おまけに街灯も稀にしか見かけないので、まるで暗闇の中を進んでいるようだ。コンビにどころか店の明かりも、人家の明かりすらまばらにあるだけだ。
「次は一ノ関、終点です」と車内アナウンスが響く。
 愕然とした。帰路について計算をしてみると、この駅で一泊する予定だ。これでは泊まるどころか朝晩の食料すら確保できそうもない。翌日の話だがかつてない不安に駆られ、絶食という嫌な単語が頭をよぎる。
 しかし光明はあった。進行方向から、文字通り華やかな明かりが見えてきたのだ。僕等は揃って窓にかじりつく。列車は期待通りその光群の中心で止まった。
 さすがに駅前だけあって、その部分だけではあるが僅かに発展してはいた。安堵の溜め息をつきながら駅を出る。
 岩手県一関市。愛知県から数えてちょうど十個目の県だ。この北が、僕等の目指す目的地「大間崎」がある青森県である。旅の折り返しは近い。
 僕等は記念のスタンプを押して、それぞれが自宅へ途中経過の連絡を入れた。赤いLEDで表示されるカードの度数がみるみるうちに減っていく。ほんの一分足らずの会話で三度も失った。遠路の実感が湧いてくる。
 そうゆっくりもしていられないので駅の構内に戻る。と、そこで目の前を歩いていた男性が手に持っていた紙の小袋を落としてしまった。
 ガチャン! 音がして、中に入っていた酒瓶が割れて飛び散る。男性は取り敢えず袋を拾い上げたが、そのままおろおろと右往左往しだしたのでゴミ箱の場所を教えてあげる。すると彼は礼を言ってそちらの方に小走りで駆けていった。
 まだ少し時間があるようなのですぐそばの売店を覗いてみることにした。そして何気なく構内の方を振り返ると、先ほどの男性が駅員となにやら話をしているのが見えた。どうやらモップはどこか、と聞いているようだ。駅員が奥のほうを指差すと、再び男性が駆けていく。
 自分の不始末は自分で始末する。単純にしてごく当たり前のことだが、今の日本人にはそれができるものが多くない。割れた瓶は拾ってもこぼれた液体を拭き取るまではほとんど誰もしないだろう。
 岩手という遠い地に来て、また一人何かを学ぶべき人物に出逢った。


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