route 1


2000年2月28日。
無謀にも名古屋・東京間を原付で駆け抜けた男がいた。
テントと地図を背中に積み、冬真っ只中の国道1号線を愛車YB−1が爆走する!

7th run 3月4日(金)後編 箱根〜袋井 176.4km

 15時過ぎ、つまり30分ほど休憩したのち、もはや覚悟を決めたオレはふたたびカッパを装着した。道の駅「箱根」の自動ドアが開くと、冬の寒さと雨の冷たさが突き刺さるように身体に染み入ってくる。雨に打たれた愛車は、少し辛そうに傾きながら停車しているが、キックスターターでエンジンをかけると、ブルルルン! と勢い良くうなり声をあげ、まだ大丈夫だ、と言っているようだった。
 こうして再び、オレとYB−1は降りしきる雫を全身に浴びながらの帰路へと走り出したのだった。

 箱根の道は、坂もすごいがカーブもすごい。Uターンばりの(時にはUターン以上の)カーブが短いときには数メートル置きに点在しているのだ。のぼりはその上り坂の急勾配に馬力の無いYBは時速20kmほどしかでなかったが、くだりはくだりで、それこそ20km以上スピードを出そうものなら、あっという間に崖から転落しそうな感じである。特に、雨で濡れた砂利の転がる道では、スリップしないように進むので精一杯だった。やはり後からは、安定の良い四輪がずらりと列を作っていたようだが、ごめん、自分の運転で精一杯だったよ……

 三島市、沼津市を、ひたすら走り抜けること一時間(もちろん、途中の沼津バイパスは死にそうだった)、やっとこさ行きに立ち寄った道の駅「富士」に到着。うーん、今回は道の駅に何度助けられたことか。16時半ともなると、さすがにそろそろ今夜の動向を決めなければならない。だけど、身体は冷え切ってずぶぬれ、さらにいまだ激しく雨が降っているから、キャンプする、なんて悠長なことはとても考えられないんだなぁ。東京でサイキックに聞いた情報だと、カプセルホテルや漫画喫茶なら一晩安く過ごせるらしい。恐らく静岡市までいけばそういうところがあるだろう、との言葉を思い出す。
 よぅし、そんじゃ静岡まで行ってやろうじゃないか!

Station of road FUJI

 そしてさらに走ること一時間半。もうあたりは薄暗くなっている。カプセルホテルやらなにやらがあるとすれば、多分駅前だろう。そう思って、とりあえず静岡駅周辺をぐるっと一周してみる。それらしきものは見当たらない。うーん、さすがに駅前の一等地にはないかな? と、こんどは裏路地も含めてふた周りほど大きな円を一周してみる。民宿や旅館はあれど、カプホはない。
 いやいやまさか。そんなはずはないだろう。だって信じてここまで来たんだよ?
 今度はもっと詳しく、一方通行だらけの細い道をくまなく駆け抜ける。駅前の大通りを、大荷物を背負った原付が幾度も東奔西走する。
 やがてとっぷり陽が暮れた。雨は止まることなく降り続く。途方に暮れたオレは、ついに近くの旅館にバイクを止めると、店の人に声をかけた。
「あのー、この辺にカプセルホテルとか24時間の漫画喫茶とかないですかね」
「ああ、あれねぇ」  従業員のおばちゃんは、腕を組みながら言った。
「風紀が乱れるとかでちょっと前に全部壊しちゃったのよ」
 いやだー! 聞きたくなぁーい!!
 希望が全て絶たれた上に、ここ一時間半の体力(いやすでに気力か)も報われなかったのである。
 しかし、この際だ。一応正規の旅館の料金も聞いてみる。
「そうねぇ。うちは一泊2食で5000円よ」
 5000円。厳しい……厳しいがしかし……。心の中の激しい葛藤が始まる。お金か、快楽か。
「……そうですか、ありがとうございました……」
 お金が勝ってしまった。
 嗚呼、大学生……

 こうなったら、もう取るべき道は一つ! そう「野宿」である。しかし、完全密閉された車ならまだしも、やはり身体をさらけ出すバイクでは、野宿はやはり心もとないし、なにより雨が凌げない。更に寒さも凌げない。
 とりあえずこの寒さの中、外で寝られるほど眠気が強くなるまでは走り続けて、耐えられなくなったら雨が避けられて人目につきにくい場所を探そう。ということで、20時。恨めしき静岡の街を後にした。
 藤枝、島田、石畳の金谷を通って、一時間ほど走るが、眠気は襲ってこない。ここでふと目の前に料金所があるのに気づいた。掛川インターである。まさか有料道路に迷い込んでいたとは気づかなかったが、もう道など選ぶ気力もなかった。まず料金所に入る前に所持金を確かめてみた。
 なにぃっ!? 最初に思ったのはそんな言葉だ。濡れてよれよれになった財布には、小銭が100円ちょっとしか入っていなかったのだ! もちろん、お札などあるはずもない。道は中央分離帯があり、もはや後戻りすら出来ない状況だった。  どうしよう……と、途方に暮れそうになったが、よくみると料金所の横に派出所らしき建物が見える。よし、事情を話せば警官もなんとかしてくれるに違いない! だめならだめで、派出所で一晩泊めてもらえるように交渉すればいいや。と、半ば楽観モードで料金所に近づくと、料金案内にはこう書いてあった。
「原付:50円」
 なぁんだ、以外に少ないんだなぁ。50円ならなんとか払える。そういうわけで、難関と思われた掛川バイパスもクリアすることができた。

 そのあたりの精神的混乱が効いたのか、バイパス出口の袋井という街あたりでようやく眠くなってきた。時刻は21時半。実に13時間以上も走っているのだ、それも当然だろう。
 街に入ると一応カプセルホテルを探したが、やはり見つからなかった。あとは野宿場所探しだ。これは結構骨が折れるぞ、と思ったが、案外すぐに見つかった。大きなユニーがあって、その横に建ててある用具入れと本館の間にひさしがついているので、雨が当たらないスペースがあるのだ。ただし相当狭く、横向きにならないと肩が当たってしまうほどだった。

 心も身体も疲れきっていたから、すぐにバイクを止めて荷物を下ろす。と、何かおかしかった。荷台のリュックにはザックカバーを掛けて濡れるのを防いでいた。カッパを着るので、それまで着ていたダウンコートはそのザックカバーの間に挟んでおいたはずだ。
 それがどこにも無かった。
 ちょっと待て、明日雨がやんだらカッパを脱いでまたアレを着ようと思っていたのに! というかアレを着なけりゃ、シャツを二枚しか着ていないんだぞ! 寒くて凍死するじゃないか!
 どうやら途中で落としてしまったらしい。そういえば、走ってるとき後ろの車がクラクションを何回か鳴らしたけど、ひょっとしたら落ちそうなのを教えてくれてたのかな。
 と、後悔してももう遅い。
 落胆しながらも、荷物を引きずって本館と倉庫の隙間に放り込む。ズボンも靴もべたべたなので、寝袋に入る気になれなかった。持ってきた新聞紙にくるまってみる。
 だが想像以上に寒かった。ぐぅーっと腹も鳴っている。そういえば、昼から何も食べていないのを思い出した。せめて自販機で暖かいものを、と思ったが、所持金60円じゃコーヒーも飲めない。
 ……とそこで、唐突に思い出した! そういえば、東京を出る前に非常食としてカップラーメンを買ったじゃないかぁっ!! 慌てて荷物を探ると、あった、ありましたっ! キムチラーメン!! 幸い手洗い場で水が汲めたし、キャンプ用具の中にコンロもある。

 その時食べたカップラーメンのどんなに美味しかったことか……最後の一滴まで飲み干しました!

Sleeping place...

 腹も膨れたところで、ようやく落ち着いてきた。隙間の入り口が筒抜けだったので、そこいらに落ちてた傘を広げて一応の目隠しにする。持ってきた新聞紙を全部出して、床に敷き、靴に入れ、残りを身体に巻いて横になった。ぼたぼたと天井から雨音が聞こえてくる。ときどき近くを車が通る音がした。やっとぐっすり寝れる……そう思った。
 が、しかし。

コツ、コツ、コツ、コツ……

そんな音が聞こえた。まるで足音のような。最初は気にならなかったが、音はときどきやんだり、また聞こえてきたりする。誰の足音だろう。気になってしょうがなかった。もし、こんなとこで寝てるのがばれたら、浮浪者とかだと襲ってくるかもしれない。急激に不安がよぎる。眠気を我慢して新聞から身体を出し、入り口から外を除く。広い駐車場があるが、人気はない。気のせいかと寝付くと、またコツコツと聞こえてくる。もういい、あれは雨音だ! と心に言い聞かせ、再び眠りに落ちようとした。
 しばらくすると、今度は突然爆音が響いてきた! 近くの道路を暴走族が走っているのだ。またまた不安がよぎる。ここの駐車場は広いから、もし集会場に使われたらどうしよう。こんなとこで寝ているのがばれたら、面白がって襲撃に来ないだろうか? 逃げ場は無いぞ、どうする!? そんなことを考えながら、起き上がって外の様子を10分ほど警戒していると、どうやら暴走族はそのままどこぞへ走り去って行った。また静けさが(コツコツ音は相変わらずだが)戻った。

 再び眠りに着くと、こんどはどこからか拡声器の声が聞こえてきた。寝ぼけているのでよく分からないが、もう一度聞こえる。また隙間からのぞくと、なんと、ユニー前に赤色点滅灯を光らせたパトカーが一台止まっている! やばい、補導される! 直感的にそう思った。掛川バイパスではいっそ保護してもらおうかと思ったが、こうして寝床が見つかると、さすがに補導されたらまずいな、という気になる。

 とすると、さっきの拡声器の台詞は「そこの浮浪者(オレ)、出てきなさい!」だったのだろうか。やばい、これはやばい。頭が混乱し始めるが、とりあえず逃げる手段も考えなければ。と、まず相手方を確認するために、様子を探りに行く。雨に打たれながら駐車場を隠れ隠れ横切ってパトカーに近づく。
 そこでようやく理解した。どうも単にスピード違反の取締りをしていただけらしい。こっちとは全然関係なく、車を捕まえて書類を書かせていた。どうもさっきの声は「そこの車、止まりなさい!」だったらしい。どっと力が抜けてしまった。

 さすがにもう何もイベントはないだろうなぁ、と寝床に入って考えていたが、やっぱりその後も何か不審な物音がするたびに、警戒したり、様子を見に行ったりして、結局何時間寝れたのかよくわからなかった。小心者と思うなかれ、一人ぼっちで野宿(しかも冬、雨)というのはかくも恐ろしく感じられるものなんだよぅ……

 ちなみに、あとでこの日の走行距離を計算したところ、なんと319.2kmだった……


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